南海鋼索線高野山駅→南海りんかんバス『千手院橋』下車 徒歩8分

創建年:1211年 開基:北条政子 本尊:愛染明王 別称:・・・ 宗派:高野山真言宗
経 蔵
多宝塔   

高さは約15メートル。屋根の一辺は約9メートル。
多宝塔の内部には須弥壇(しゅみだん)があり、その前には運慶作と伝わるれる重要文化財、五智如来(ごちにょらい)像が安置されている。金剛三昧院の多宝塔は、北条政子が源頼朝の死に伴い建立した禅定院の規模を拡大し、金剛三昧院と改めたときに造営することになったもの。建立は1223年、高野山に残るもっとも古い建築物です。 多宝塔としても、大津市の石山寺に次いで二番目に古いものです。平成24年秋から冬にかけて、檜皮の葺替えがなされた。  

経蔵   

金剛三昧院と改められたときに建立されたものです。建立は1223年頃で、建築様式が奈良にある正倉院などと同じ校倉(あぜくら)造りで、鎌倉時代初期の校倉造りの建立物としては現存状態が非常によく、重要文化財に指定されている。中には「高野版」と呼ばれる経典が書かれた版木が、500枚以上収められている。  

本堂   
 

本尊は愛染明王(あいぜんみょうおう)で、憤怒(ふんぬ)の相をされている。愛染明王の御誓願(ごせいがん)の中には、良縁や安産、子孫繁栄といった、女性の願いごとを叶えてくれるものが多く、北条政子の、自分の子孫の安泰を願う気持ちが込められていまる。愛染明王像は、源頼朝の等身大の念持仏(ねんじぶつ)で、仏師・運慶の作であると伝えられている。 本尊の脇には源頼朝公・北条政子、足利尊氏公、その弟の足利直義公のお位牌が安置されている。

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金剛三昧院(こんごうさんまいいん)




多宝塔
中 門
中 庭
本 堂

金剛三昧院(こんごうさんまいいん)は、和歌山県伊都郡高野町高野山にある仏教寺院・宿坊。高野山真言宗別格本山。本尊は愛染明王。仏塔古寺十八尊第11番霊場。西国愛染十七霊場第17番霊場。

ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成要素。

建暦元年(1211年)、北条政子の発願により源頼朝菩提のために禅定院として創建された。開山供養には、栄西も招かれている。

承久元年(1219年)、源実朝菩提のために禅定院を改築して金剛三昧院と改称し、以後将軍家の菩提寺として信仰された。

貞応2年(1223年)、北条政子が禅定如実として入道し、建立奉行を葛山景倫(願性)・安達景盛が務め、源頼朝と源実朝の菩提を弔うための多宝塔(国宝)を建立した。鎌倉幕府と高野山を結ぶ寺院であったため、高野山の中心的寺院の役割を担った。後に和歌山由良の興国寺を建立する心地覚心も、この寺院で行勇に学んだ。

その後、境内には勧学院が建てられ、高野版の摺本を用いた南山教学の中心地として栄えた。ただし、初代住持が退耕行勇であったことでも分かるように、当初は金剛峯寺とは別個の禅宗寺院として創建され、後に実融によって再興されて以後は律宗も兼学するようになった。金剛峯寺の院家として扱われるのは、江戸時代初期頃と考えられている。(2017.5.3参詣)

山 門